
日々のこと
― 老いと戦うのをやめた日 ―
先日、大学時代の同級生と久しぶりに会いました。
彼が関西に出張で来るというので、せっかくだから少し会おうということになりました。
お互いすっかりいい年齢になりました。
若い頃の自分を知っている人と話すのは、なんだか不思議なものです。
近況や子どもの話をしているうちに、自然と年齢の話になりました。
お世辞も入っていたでしょうが、
「52歳に見られないでしょう?みんな驚くんじゃない?」
「どうやって老いと戦っているの?これからも戦いは続くね」という感じのことを言ってっくれました。
その時とっさに出てきたのは
「私ね、もう老いと戦うのをやめたんだよね」
でした・・・
そんなこと、これまで誰かに言ったことがなかったのですが
でも、口にしてみると、今の自分の気持ちにぴったりでした。
若く見られたいわけじゃない
もちろん、老けたいわけではありません。
シワは少ない方がいいし、シミだって増えない方がいい。
美容院には定期的に通いますし、肌のお手入れもそれなりにします。
必要だと思えば美容医療のお世話にもなるし、歯のホワイトニングにも行きます。
洋服も好きです。
仕事柄、人前に立つことも多いので、身なりにはそれなりに気を配っています。
でも、それは若く見られたいからなのかと聞かれると、ちょっと違うのです。
なんというか。
毎日の暮らしにそれほど不満がなさそうな、幸福感のある人でいたい。
疲れる日もあるし、機嫌の悪い日だってあります。
それでも、なんとなく楽しそうに生きている人に見えたら、それで十分なのです。
美人であることと、綺麗にしていること
私には妹がいるのですが、この妹がなかなかの美人です(でした?笑)。
子どもの頃から周囲の大人たちによく褒められていました。
その横にいた私は、子どもながらに思っていました。
「ああ、私は美人ではないんだわ」と。
でも、別に落ち込んでいたわけではありません。
両親は私をとても大切に育ててくれましたし、容姿について何か言われたこともありませんでした。
ただ、自分の顔立ちについては、わりと冷静に理解していたように思います。
だからでしょうか。
私は昔から、生まれ持った顔立ちの美しさよりも、髪や肌を整えたり、
自分に似合う洋服を選んだりすることを大切にしてきました。

生まれ持ったものより、自分で手をかけてきたことを褒めてもらえる方が嬉しい。
そんな気持ちがあるのだと思います。
今の自分が、いちばん自分らしい
53歳になりました。
当然ですが、20代の頃とは違います。
肌も髪も体型も、少しずつ変わってきました。
昔の写真を見ると、若いなあとは思います。
でも、なぜか今より綺麗だなとは思わないのです。
今の自分の方が、なんとなく雰囲気が好き。
確かに老いているのかもしれないけれど、今の自分の方が私らしいなと、なぜか思えるのです。
似合う服も、心地よい暮らし方も、少しずつわかるようになりました。
そして、若い人と自分を比べることもなくなりました。
だから、もう老いと戦うのはいいのかな、と。
若さを取り戻したり、時間を巻き戻したりするために、いろいろなものを取り入れるのではなく。
今の年齢を受け入れながら、できる範囲内で自分に手をかける、
それが私にはしっくりくる「老い」との付き合い方のような気がします。


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